草木も眠る、丑みつ時。
香はリビングで独り、何やらこそこそと作業をしていた。
大量の書物の中から探し出した 横文字ばかりの難しげな本を、眉を寄せつつ眺めている。
その手元には、商店街の福引で貰った携帯が分解されて散らかっていた。
暫く、あーでもないこーでもないと独りでブチブチやっていたのだが、漸く納得行くものが出来たのだろう。
香は汗を拭きつつにやりと笑うと立ち上がった。
物音を立てないように、静かに静かに階段を登っていく。
ぎしり。
それを知っているかのように、木板が鳴き声を上げた。
そうっと、男の部屋の前に立つ。
殺気さえなければ、目を覚ます事はないと判っていても・・・。
このドキドキと鳴る心臓の音が、聞こえてしまうのではないかと訝しんだ。
緊張しながら銀色に光る、冷たいドアノブを廻す。
自分が入れるくらいの隙間を開け、するりと身体を滑り込ませた。
ベッドの上には日本人離れした長身に、一般人と言い逃れるには無理のある逞しい筋肉が寝息をたてている。
香はそっと布団を捲ると、顔を赤らめながらも下半身に何か細工をした。
やがて、その作業が終わったのか ゆっくりと体を起す。
「・・・あんたが悪いんだからね。」
それまで緊張していた口元に、漸く笑みが見られた。
朝日が、裏稼業である僚の部屋の中をも、明るく照らし出す。
その光が彫りの深い顔を撫でても、男が眠りから覚める気配はなかった。
が・・・。
突然、この部屋におよそ似つかわしくない音楽が流れ出したのだ。
「〜〜〜・・・? 何なんだ〜この『機動戦士ガ○ダム』のテーマソングは。・・香〜〜?」
暫く夢現に聴いていたが、段々煩くなってくる。
僚は仕方無さそうに体を起した。
「どっから聞こえてく・・・!?」
あんぐりと口を開ける。
スッポンポンの腰と己自身とに、何やら変な紐と小さな箱が取り付けられているのだ。
ガン○ムの曲は、ここから派手に鳴り響いている。
「さては、香だな・・。」
そう呟きながら、近くにあった鋏で、紐を切ろうとした。
が、一見弱そうに見えるそれは、どうやら鋼鉄製のトラップ用ワイヤーらしい。
直ぐに鋏の刃がこぼれてしまった。
「香〜〜〜ッ!!!」
いくら叫んでも女は来ない。
いつの間にか、音楽も止んでいた。
「伝言板でも確認に行っているのか・・?」
(見たところいつぞやのような貞操帯では無さそうだし・・服着ちまえば判らないか。)
男はひょいと肩を竦ませると、加工済みパンツに手を伸ばした。
「さ。香もいない事だし・・。 ちょっくらナンパでもしてくるかな♪」
危険な物ではないと判断すれば、この男は何も気にしない。
明るくそう云うと、元気良く手を振って新宿のアルタ前へと繰り出す。
まだ時間もお昼前とあって、それほど買い物客は多くなかった。
暑くなりそうな日差しが、遠慮なく若い女の子達の肌を狙う。
だが、全くそんな事は意に介さないとでも言うように、彼女達はギリギリまで着衣を小さくしている。
「ホント、今のモッコリちゃん達って美味しそう・・。」
そう独りごちて、さあ あの可愛い子に声を掛けるぞっ、と 思った瞬間。
また、音楽が鳴り始めたのだ。
「ガ・・・ガッ○ャマン!?」
何が自分の身に起こったのか、理解できない僚は暫し固まった。
今、声を掛けようとしていた女の子が、くすくすと笑いながら横を通り過ぎる。
(誰だ、誰だって・・。自分こそ誰なのかしらね〜・・)
並んでいたその友達と思われる子に囁いている。
今度は直ぐに音楽は止まった。
「な、何事だ? 香がどっかから見ているのか?!」
それにしては、その気配なぞ何処にもない。
男は首を傾げると、懲りた様子もなく即座に右斜め前を行く、超色っぽい女性へターゲットを変更する。
「そこのお姉さん♪ 僚ちゃんとお茶しない?今ならもれなくモッコリ付だよ〜♪」
「え・・?」
振りかえったその女の色っぽい流し目が、僚の目を射貫いた。
どきんとした、その途端に。
また始まったのだ。
今度は『アルプスの少女○イジ』のテーマソング。
呆然とする僚に向かって、彼女はくすりと笑ってから冷たい声で言い放つ。
「・・・私。ロリコンとはお茶致しませんの。」
くるりと踵を返して歩き去った。
無言で僚は走り出す。
アパートのガラス戸を荒々しく開けると、足音を響かせて駐車場を抜け、階段を3段抜かしに駆け上がる。
玄関が開いているのだから香はウチにいるはずだと、そのままの勢いでリビングへと飛び込んだ。
「香っ!!」
「あら・・。何処行ってたの?注意しようと思っていたのに・・。」
低く苛立った男の声を、香はさらりと受け流す。
「何仕掛けたんだよっ。おれのモッコリにっ!!」
余裕でソファーに座っている彼女に向かって、拳を握り締めた。
「ナンパしようとすると変なアニメソングが邪魔をするのは、おまえの仕業だろっ!?」
「アラ・・・。ナンパに行ってたの?」
ちらりと男の顔を見遣る。
そして噴き出した。
「ナンパしに行ったんだ! じゃあ、さぞかし沢山の曲が鳴ってたんでしょうね!」
涙を流さんばかりに笑っている。
その様子を、僚はただ突っ立って見ていた。
「アレね。教授に教わったのを何とか自分で組み立ててみたんだけど・・・。」
彼女は、ひーひー喉を鳴らしている。
「海綿体に血液が集まるとサイズが変わるでしょう? それを感知して、音楽が鳴るようにしてあるの。」
「・・・はぁ?!」
「あんたが悪いのよ。私だってこう毎晩毎晩付き合わされてちゃ、身体が持たないのよ。だから教授に、"僚が依頼人に手を出して困る"って相談したの。 ・・・注意しようと思ってたのに・・。」
指先で、笑いすぎたが為の涙を擦り取る。
「じゃ・・・じゃあ。朝のガン○ムは朝モッコで・・?」
顎をダランと長く垂らした。
「モッコリしても、そんな曲が鳴ったら萎えるでしょう? これで美女の依頼人も安心。私もぐっすり眠れるし。 一石二鳥だわ♪」
明るく、爽やかに笑う。
「ば、馬鹿云ってんじゃねーよっ!! おめーは良くても、俺は地獄だっ!!」
真面目に蒼褪めている男を見ながら、香は立ち上がった。
「・・・・少しは、仕返しさせてよ。」
ふっと耳に息を吹き掛けながら囁く。
途端に宇宙戦艦○マトのテーマソングと、香の爆笑とが・・部屋中に響いた。
おしまい♪
01/06/25 UP